リレー随想
2019/09/10
No.195 2019年10月号 2016年卒 桐井将暢
「余所者暮らし」大学時代から愛用している私のノートパソコンを久しぶりに開いてこの随想を書いています。大学入学時に購入したこのパソコンは、ゼミでの研究活動や映像編集のために酷使され、今では時折文字変換に5分を要する代物のため、なるべく長文は控えたいと思います。
私は高校時代まで北海道札幌市で育ち、高経では放送研究会に所属。現在は長野県のケーブルテレビ局に勤め、日々ローカルニュースの取材をするほか、生中継のディレクターに、野球の実況アナウンサーなど、何でもやる中小企業特有のスタイルに揉まれながら仕事をしています。
生まれ育った北海道を離れ、「内地」での生活も8年目となりました。群馬のもつ煮も長野の山賊焼きも大好きですが、やはり「道産子」の私はジンギスカンが恋しくなります。
大学4年、就職活動の中で完全に東京アレルギーとなった私は、新宿駅に降り立つことが何よりの苦痛となり、北海道企業の就職説明会で東京へ行くことさえままならなくなりました。そんな中でやっと就職した今の会社ですが、この縁もゆかりもない長野県に来てからは、「どうしてここで働いているの?」という言葉を飽きるほどかけられます。同僚もほぼ全員地元出身。県内の高校を卒業後、東京の私大を卒業してUターン就職というのが一つのパターンになっている中、わざわざ余所からやってきて新卒で長野県に就職する私は完全に異端者のそれでした。
長野県に限らず、「あそこは閉鎖的だから…」といった言葉を聞きますが、特定の場所が開放的だったり閉鎖的だったりするのではなく、既存のコミュニティへ単独で踏み込んでいくことや、コミュニティがたった一人の異端者を受け入れることが難しいだけなのだと思います。
そこで思い出したのは高経のこと。群馬県外のあらゆる土地から集まった仲間とのふれあいの中に「余所者」は存在せず、なぜそこにいるかを互いに理解していたように感じます。同じような仲間がいることが何とも心地よく、地元北海道を離れたことへの不安を消し去ってくれました。もしかすると東京の大学へ進んだ同郷の仲間も同じことを感じたかもしれません。
皆と同じであることに安心を得るのはごく当たり前で、誰も「余所者」になりたくはありません。しかしそのためには生まれた場所か、同じ境遇の人が集う場所にいなくてはならないという心理的な制約が、東京一極集中や地方の過疎化を生んでいるのではないか?
そんな偉そうな仮説を結果的に長文で披露し、今日も「余所者」として信州の地で働きます。
(長野県在住)
2019/08/23
No.194 2019年9月号 2017年卒 関口咲季子
「河口湖の日々」わたしは今、山梨県の河口湖にある温泉旅館で仲居として働いています。夏生まれであるわたしは夏にバタバタと忙しくするのが性に合っているようで、怒涛の繁忙期を迎えていました。夏休みシーズンがやっとひと段落し、少し落ち着いてきた今日この頃です。
様々な偶然が重なって今観光業に携わることになり、観光政策学科で勉強していた経験が期せずして活かされることとなりました。
在学中は自分が観光の仕事をするビジョンが全くありませんでしたが、人生に無駄なことはないのだと実感する毎日です。
河口湖は外国人観光客が多く、中でも中国人のお客様が多くいらっしゃいます。和式の旅館なので、靴を脱いで部屋に上がる、館内では浴衣を着て過ごす、夜は床に布団を敷いて寝る、といった日本では当たり前のことも外国人にとっては新鮮なようで、
「ベッドがないけれどどこで寝るのか?」
「食事処では何を着て行ったらいいのか?」
と質問されることが多くあります。自分の常識は必ずしも他人の常識ではないのだと気づかされる機会になりました。
働いているスタッフ側にもワーキングホリデーで訪日した台湾人の女の子が数名おり、日本語を教えたり、逆に中国語を教わったりとグローバルな日々を過ごしています。台湾では高校生のうちから第二外国語を選択する授業があり、日本語は人気があるそうです。そこで日本文化に興味を持ち、ワーホリの滞在先として日本を選択する台湾人も多くいるそうで、そうやって興味を持ってくれることにとても嬉しさを感じました。また、自分と同世代なのに何ヶ国語も話せる上に、他国の文化を理解して働くことができる彼女たちを本当に尊敬しています。
河口湖には秋ごろまでいる予定です。台湾人の彼女たちに影響され、その後はわたしも短期ですが海外に語学留学をしようかと考えています。いくつになっても人生経験を積むこと、視野を広げることを大切に、毎日生き生きと過ごしたいと思います。
残暑はまだまだ厳しいです。高経OB・OGの皆様も健康に気を付けて、ますますご活躍されることを、富士山の麓から祈っております。
(山梨県在住)