リレー随想
2019/11/04
No.197 2019年12月号 2017年卒 高橋誠也
「ととのう」すっかり秋めいた今日この頃。大学ではちょうど学校祭の時期でしょうか。
私は、学生の頃放送研究会に所属しており、この時期は学校祭にて放映する番組制作やステージのリハーサルなどで毎日忙しかったと記憶しております。
ところで、読者のみなさまは休日をどのようにお過ごしでしょうか。学生時代は毎日が日曜日のような気持ちでしたが、社会人にとって休日をどう過ごすかは次週を乗り越える上でも最も重要ですよね。
私が社会人になってから、毎週欠かさず行っていることがサウナです。今回のリレー随想にあたり、何か格好いいことでも書こうかと思ったのですが、特別何も思いつかなかったので私の好きなサウナについて少し書き綴りたいと思います。
北海道の山間部で生まれ育った私は、高経を卒業した後、就職を機にまた北海道に戻ってきました。
元々高経に入学する時から地元に戻ることは決めていたのですが、4年間の高崎生活はとても有意義であり、今でもテレビ番組やニュース等で高崎が(あるいは群馬が)取りあげられる度、楽しかった学生生活を思い出します。
社会人生活1年目は慌ただしく日々が過ぎ、モラトリアムをただひたすらに享受していたあの大学生活が懐かしく、学生に戻りたかった毎日。そんな中、地元でのちょっとした同窓会で高校時代の後輩にすすめられたのがサウナでした。
従来より温泉は大好きで、高崎にいた頃も各地の温泉地を巡っていましたが、サウナは全く入りませんでした。
サウナなんて熱いだけであり、ましてや平気な顔をして水風呂にざぶんと浸かるサウナ愛好者たちは新人類か何かだと思っていました。
その後輩曰く、サウナで充分暖まってから水風呂に入り、その行為を何度か繰り返すととても気持ちいいのだと。頭の中がスッキリするのだと。そのようなことを言っていました。
最初は全く信じられませんでしたが、元々温泉施設には頻繁に通っていたこともあり、まぁついでに入ってみるかと考え、近場のスーパー銭湯にて実践することにしました。
結果水風呂に入る勇気が無く断念。足まで浸かることは出来るのですがその先がどうしても冷たくて入ることが出来ませんでした。ただ、火照った身体を水で一気に冷やすことである種の爽快感を感じられ、また勢い良くざぶんと水風呂に浸かっている人生の諸先輩方が浮かべる恍惚とした表情を見ると、その境地に立つことが出来ないことが少し悔しくもあり、何度も何度も挑戦する内にいつしかサウナ中毒者となってしまった訳であります。
サウナと水風呂の温冷交互浴で得られる爽快感、一種のトランス状態に陥ることをサウナ界隈では「ととのう」と表現するらしいのですが、自分の中でこの「ととのう」ことは仕事でのモヤモヤ感や考え事などをスッキリとさせ、身も心もリフレッシュするための重要なルーティーンとなっております。
現在に至るまで身体の調子も崩さず仕事を続けられているのは、きっとサウナのお陰もあるのだろうと勝手に考えております(医学的根拠云々は置いといて)。
読者の方々の中で、もしサウナに入りたくなった方がいましたら幸いです。水風呂に入る前に汗を流して入って頂けるとさらに嬉しいです。
それでは、まるでサウナのように暑かった高崎の夏を思い出しつつ、同じく道民の北川君にバトンを渡したいと思います。
(北海道在住)
2019/10/05
No.196 2019年11月号 2016年卒 蓼沼正悟
「選択の自由」人様に語れるようなことがあまりないような人生を送って参りましたので、このリレー随想のお話をいただいたときには何を書こうか少し逡巡しました。しかし、せっかくの機会なので私としては珍しい、かつタイムリーな「人様に語れるような話」を書かせていただきます。
私は、生まれこそ違うものの、物心ついた頃から群馬で暮らしていました。郷土愛という面では、少々希薄で友人から白い目で見られることもあるほどですが、20余年分の愛着はあります。家族も仲間も、その多くは会おうと思えば会える距離にいて、現状に不満を抱くこともありませんでした。
その故郷を、25年目にして離れることにしました。この随想が掲載される頃には、私は鹿児島県にいます。勤め先の転勤ですか、とよく聞かれるのですが、理由としては、「結婚を前提にお付き合いしている人が鹿児島にいるから」です。大学を卒業してから3年半勤めた会社は辞職し、他に誰も知らない土地で暮らしていくことを決意しました。
この話をすると、皆から同じような質問、場合によっては詰問を受けます。相手方に群馬に来てもらうわけにはいかないのか、等々割愛しますが、読んでくださっている皆様も想像できるようなことです。その度に、はっきりと自分の決心は揺らがないことを伝え、しぶしぶとでも納得してもらう、というのを繰り返したこの数ヶ月です。
統計を採ったわけでもないのでわかりませんが、恐らく反対が多めで賛否両論あると思います。頼れる人もいない、仕事も一から、環境も全く違う、短絡的で考え足らずだと思われても仕方ないのかも知れません。私自身、少しもそう思わないわけではありません。家族や親戚や仲間への罪悪感、未来への不安感も大いにあります。それでも、揺らぐことが無かった決心をひとまず信じてみようと思います。仲間たちが、馬鹿なやつだと笑ってくれれば冥利に尽きます。
ところで、「選択の自由」というのは人間が持つ最大の自由の一つだと考えています。いくつもの選択肢の中から一つをとることもできれば、時に自分では選ばないで人任せにすることもできます。しかし、時間や信条や経済や他のあらゆる要因によって、選択を余儀なくされる場合もあるでしょう。未来のことは誰にもわからず、正解が目に見えることは無くても、否応なく、その後の人生を左右するような選択を迫られた時、するべきこととは何でしょうか。誰のせいにもできない選択は、後悔しないために、絶望しないために、考えを尽くさなければならないように思います。
滅多にない機会にのぼせて戯れ言を述べてしまい恥ずかしい限りです。しばらくの間、鹿児島で台風におののきながら、身骨を砕きつつ、楽しくやっていきたいと思います。
(鹿児島県在住)