リレー随想

2020/10/02
No.207 2020年11月号 1987年卒 笹木 辰也
「過ぎてしまえば、何とかなってる…それなりに!」

体育会本部OB・OGの繋がりで、小林敏君からバトンを受けた1987年卒、笹木辰也です。
小林君とは、第20期体育会本部で苦楽を共にした間柄です。学生時代はかなりヤンチャだったのに、今では立派になられたご様子(爆笑)。卒業して33年が過ぎ、時の流れを感じ るとともに、それでも当時のままの感覚で気さくに依頼の電話を頂き、ご指名感謝しております。

<学生時代>
初めて親元を離れての学生生活。住まいは、当時「不夜城」と仇名された上並榎町の塚越さん家。(学生専用下宿)とっても面倒見の良い(!?)先輩方が催してくれた新入生歓迎会の夜、一升瓶を口に突っ込まれて前後不覚になるまで可愛がられた(伝統だそうで…汗!そこまでするか…と?)鮮烈な体験からそれは始まりました。

学業はさておき、ほぼ大部分の時間を体育会活動に充てることとなり。(ソフトボール部所属)練習開始時間8:00AMは、当時の学生たちにとっては荒行に匹敵する過酷な試練でした。(苦笑)特に、冬季にグラウンドを吹き抜ける“名物・からっ風”は、ホント身にしみましたねー。
また、4年次は体育会本部で代表幹事を務めさせて頂き、責任を伴った組織の運営と、体育会員同士の調和を図る事に腐心いたしました。学び多き機会であったと思います。
でおかげで、理不尽な先輩指示に耐える訓練と、目標を一つとする組織・チームが団結した時に出る想像以上の破壊力とを体験し、そして何よりもスポーツを通じて苦楽を共にした、生涯の友人を得られたのが大いなる収穫でした。

<社会人>
バブル経済の真っ只中、マネーゲームの世界に興味が湧かず、泥臭いモノ造りメーカーに就職。毎朝慣れない東京の満員電車に揺られ、夏にもかかわらずスーツ着用でお客様回り、夜は断る事の許されない上司との説教付き飲み会。当時のボクは、まさに昭和のサラリーマンそのもの。
学生時代の“超”苦手科目3つ、外国語・数学(数字の扱い)・パソコン操作(キーボードに触れるとジンマシン出るくらい)が毎日の仕事で溢れていて。避けて通れるはずも無く…またも苦行の日々。(あたりまえですけどね!)
入社時「語学はダメです!」ってあれほど言ってあったのに、数年の東京勤務を経てなぜか海外赴任の辞令。以来、仕事人生の半分は海外赴任で過ごす事となり。
「なるほど、世界には日本人と全く違う価値観、習慣、文化を持った人々がいるんだなぁ」と身をもって経験。正直、理解し難い部分も有りつつ“違いを認識し、それを受け入れる”事を学びました。(そうしないと仕事が進まない部分もあって)まさに目からウロコでした。

<結びに>
高経大で過ごした時間は、後の人生においても大きな糧となりました。
その最大の成果(!?)は、同学卒の女性と結婚し現在に至る事。(ソフトテニス部所属,ソフト繋がり!?)前述の「生涯の友」の一人は、何と今の奥さん。体育会イベントで、事ある毎に歌った学歌を共に歌える同志でもあります。(卒業してから一緒に歌った事は無いけど)還暦迎えたら、記念に2人で学歌斉唱でもやろうかな?(笑)

世界中でコロナウイルスが猛威を振るう昨今、お仕事環境を含め、大変な思いをされている方々がたくさんおられます。本当に心が痛みます。まだまだ予断を許さない状況が続いておりますが、近い将来皆様が心身ともに元気で安らかな日々が過ごせる世の中となりますよう、心より祈念申し上げます。
[宮城県仙台市在住]

次回は体育会本部で、癒し系キャラ&笑顔が最高に素敵だった、小林雅子(旧姓:加藤岡)さんに、バトンを引き継ぎます。

2020/09/01
No.206 2020年10月号 1987年卒 小林 敏
「恋文横丁で何を考えていたか」

和田勇人先輩、随想執筆お疲れ様でした。

こんにちは。和田さんと同じ下宿、樫の木荘で学生時代を過ごした小林敏と申します。

学生の頃、高経大の方面から高崎中央銀座のアーケードに入ってすぐの左手に恋文横丁というカラオケパブがありました。中央にステージとカラオケセットがあり、各テーブルには歌本と小さな紙が置かれていて、自分の歌いたい歌を歌本で選び小さな紙に書き、ボーイさんに渡します。しばらくすると、「○番テーブルの○○様、曲は○○〜」という具合で呼び出しがあり、いそいそとステージに上がり歌います。樫の木荘は高崎警察署の裏あたりにあり、街中に近かったので、夜な夜な樫の木荘の先輩方と店に繰り出しました。平日は客もまばらで、いつも必ずいるご夫婦が、ステージの前でふたりでダンスをしていました。
そんな恋文横丁も、週末は違いました。特に新年度が始まった4〜5月は、100席ほどのフロアが合コンをする学生グループで満席になります。カラオケを歌い、ボーイさんが店内を忙しく走り回り、いたるテーブルで乾杯やら歓声やらが聴こえ、映画のワンシーンのようでした。

そんな中で、私は何を考えていたのかというと、何も考えていませんでした。唯一考えていることは、素敵な女性とお近づきになりたいということだけでした。学生の頃、こんな職業につきたいとか、こんな人生を送りたいとか立派な目標、夢はありませんでした。しかし、人生の後半の後半に入った今は、思うことが多くあります。

残された時間は決して長くはありませんが、でも、まだ、終わった訳ではありません。今こそ、自分は何をしたいのかをよ〜く考え、実践したいと思います。ちなみに、恋文横丁で抱いていた唯一無二の夢は、努力の甲斐あり、その後の人生で、叶えることができました。

次は、共に活動した体育会本部で代表幹事を務めた笹木辰也さんにバトンを繋ぎます。
(神奈川県鎌倉市在住)

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