リレー随想
2020/08/04
No.205 2020年9月号 1986年卒 和田勇人
「ピンチはチャンス」大先輩である尾形さんよりバトンを頂戴いたしました、1986年卒の和田と申します。尾形さんからの依頼を喜んでお受けいたします。
学生時代は「樫の木荘」に下宿しておりました。比較的個性的な学生が多く、非常に楽しく学生時代を過ごせたような気がしています。
テニス部、ラグビー部、ワンゲル部等、様々な部活に所属する合衆国のような下宿でした。当時、家賃\13,000〜\18,000の共同トイレ・風呂なし。皆、\30,000〜\60,000の仕送りでの生活。バイトで飲み代の為に汗を流し、パチンコ、麻雀でのコミュニケーションに涙を流しておりました。
そんな学生生活の中で、多くのバイトや、友人との生活、部活での経験が大きく、上手くいかないことが思い出になり、実力になったように思います。お陰で社会に出てからも、何が起きても動じず、楽しんで仕事が出来ている様な気がしています。
現在、コロナ禍での非常にピンチな状況下ではありますが、高経大で培ったビジョン・マインドを駆使し、「ピンチはチャンス!」を実行する絶好の機会が与えられていると考え、今こそ実力を発揮し、パワー全開で乗り越えていきましょう。
(自分に言って聞かせているのかもしれません。)
次回は樫の木荘の後輩である、小林敏君にお願いしたいと思います。
2020/07/16
No.204 2020年8月号 1984年卒 尾形茂樹
「悠学荘」大学、勤務先の先輩である青柳さんからバトンを頂きました、1984年卒業の尾形と申します。学生当時に住んでいた下宿に関することを書きたいと思います。
学生時代は下小塙にあるプレハブ造りで、真ん中に廊下を挟み左右に四畳半の部屋が5つある「悠学荘」という名の下宿に住んでおりました。部屋には私名の表札があり、裏面には1か月前に卒業された「和田悟」さんの名前が書いてありました。そのことを何故かずっと覚えていて、就職して数年後同じ職場に同窓の和田さんという方が転勤で来られ、和田さんに悠学荘に住んでいたことを話したら、まさにあの「和田悟」さんで、同じ下宿に同じ部屋、同じ会社で同じフロア勤務、この偶然は凄すぎる、とお互いに抱き合わんばかりに驚き喜び合いました。これがご縁でその後飲み会や麻雀など大変親しくして頂きました。残念なことに和田さんは10年ほど前に他界されましたが、今でも時々和田さんを思い出します。
悠学荘の玄関を出ると辺りは田んぼで視界が抜けており、左手に雄大な榛名山が望めました。体育会の新歓合宿、マラソンの榛名湖、榛名富士、榛名神社、経大生なら一度は行ったことがある心の郷里の山です。4年間眺めていたこともあり、今でも大好きな山で、毎年ドライブに行きます。榛名神社は参道は当時の趣のままですが、平成17年に国指定重要文化財になり、社殿は色彩を施され鮮やかになっています。頂いたお札は現在私の執務室の壁に掛けてあり、毎朝拝礼し、今でも見守って頂いております。
ドライブの途中、何度か悠学荘の所在の確認をしましたが、当時のままで、5年ほど前は学生ではない人が住んでいましたが、昨年は建物はあるものの、遂に人は住んでいないようでした。いつかは取り壊しされるのでしょうが、ドライブのついでにいつまでも所在の確認に行きたいと思っております。
(埼玉県在住)