リレー随想
2020/06/17
No.203 2020年7月号 1977(昭和52)年卒 青柳繁良
「はじめての転勤」同期でサッカー部の相棒の石山信博君から引き継いだ随想リレー203番目ランナーの青柳です。卒業以来三扇会と一切関わりを持ったことのないわたくしなどが、投稿していいのかと思いましたが、石山君からのご依頼でしたのでやむなくお引き受けさせていただきました。
勤務地は、初任地仙台→福岡→横浜→東京→(単身赴任 堺→福岡)→東京→八王子→品川(子会社出向)→子会社転籍→海老名(親会社再雇用)と異動があり全国を渡り歩きました。
はじめての転勤は、晴天の霹靂、福岡でした。それまでの人生で初めての九州まったく未知の世界でした。赴任し前任者と早速焼鳥で初めての焼酎をしたたかに飲みながら福岡の状況の説明を受けました。アスファルトが柔らかくなるような福岡の暑さと前日の飲み過ぎで、翌日の出社の辛かったことが、懐かしく思い出されます。
仕事で求められる結果は、仙台でも福岡も同じですが、仕事の進め方や優先順位には大きな違いがありました。仕事の進め方がなかなか思い通りに変化しない現実に悩みました。その地その地で先輩諸氏が様々な改善を行い後輩社員へ仕事の進め方を伝承してきた歴史があり、現状の仕事の進め方で問題ないと思っているので返事はいいのですが、実際の変化には繋がらないのは当然です。
山本五十六の名言「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず」をどこまで実行できたかわかりませんが、自分自ら行動し求める成果が出る事を実証しようと努力しました。少しずつではありますが理解され改善される状況を体感して達成感がありました。
それぞれの地で、いろいろな人と関わり合い、楽しいこと、苦労したこと、様々な経験をすることができました。無事にここまで勤務してこれたのも大学時代の諸先輩やサッカー部の仲間たち、アルバイトで関わった皆様との出会いがあったからと思います。
サッカー部の先輩の皆様、速水下宿で一緒に生活した皆様、アルバイトで共に汗を流した皆様、その節は大変お世話になりましたありがとうございました。皆様元気ですか、再びお会いできる機会がある事を期待しております。
コロナは、まだまだ大変そうですが、自らガードをかためてコロナパンチに当たらないように自己責任で頑張りましょう。HMDです。(手洗い、マスク、デイスタンス )
次のバトンは、我が社の企画担当 尾形茂樹さんへ引き継ぎます。
(横浜市在住)
2020/05/17
No.202 2020年6月号 1977(昭和52)年卒 石山 信博
「サッカー部との巡り合い」同期で職場も一緒だった佐々木敏弥君から引き継いだ随想リレー・202番目ランナーの石山です。
昨年、42年半勤めた銀行(関連会社時代を含む)を定年退職し、のんびり余生をと考えておりましたが、縁あって11月から公益財団法人札幌スキー連盟に再就職致しました。
雪不足で1月初旬の3大会が開催出来ず、その後は順調に推移したものの、雪まつりを起点とする新型コロナウイルスの発生で、宮様大会以降のすべてが中止となり、私は「疫病神!?」と思わず塞ぎ込む日々です。
入学は1973年、北見市近郊の小さな町から“国鉄”で特急・青函連絡船・特急を乗り継いで約22時間!! 何とも長い旅でした。
高校の先輩で友人の兄が在籍していた事からサッカー部に入部。毎日大学には通うものの校舎まで辿り着かずにグラウンド止り。
卒業後、何年も『あの単位は本当に取得したのか?!』と夢に出てくる始末で今になって反省(遅過ぎますね)。
銀行に就職して果たして務まるのか・・・?
ここで活きたのはサッカー部での経験でした。当時は群馬県リーグ(4部制)で2部の中間ぐらいの成績で、チームの半数近くが私を含めサッカー未経験者であった割には善戦したのかなぁと思います。その要因は、高橋章先生(残念な事に昨年ご逝去)のもと、今でいう「ワンチーム」ななれた事であったように感じます。
未経験のうえにゴールキーパーを勧められ、守備・攻撃・キーパー練習と一日中休みなく、何をどうしていいのかもわからずに2年が過ぎ、3年でようやくレギュラーとなったものの経験不足は否めず、仲間に何度迷惑をかけた事か・・・。そんな素人の私に対して高橋先生をはじめ、周囲の人たちは見捨てる事なく、特に同期がどれだけ心強い存在であったか!!あの苦しい練習を経験したからこそ、銀行員生活を乗り切るのだと感謝しております。
田舎育ちで人見知りであった私を変えてくれたのもサッカー部でした。
銀行は個々の能力以上にチームワークが大事な職場です。先輩に限らず、同期・後輩に助けられ業務を遂行する事が出来ました。私個人の能力だけを求められたら定年まで務めあげるのは厳しかったと思います。大学生活は本当に得られるものが大きく、特に高経で学べたのは何にも変え難い貴重な経験であったと痛感しております。
現在は仕事の傍ら、同窓会札幌支部の会長をさせていただいております。リレーのバトンを渡された佐々木幹事長、その前の能登谷事務局長らに助けられ、何とか勤めております。
支部活動としては、毎年8月に就職支援相談会、10月には総会・懇親会を行っていますが、コロナの影響で本年の開催が危ぶまれています。北海道は感染者数が1千人に迫り、各種イベントが中止の状況にあります。外出儘ならぬ中、皆さんが健康を損ねる事のないよう祈念しております。
次のバトンは、北海道が続きましたので、横浜在住でサッカー同期、私の精神的支柱であった青柳繁良君に引き継ぎします。
(北広島市在住)