リレー随想

2026/01/20
No.269 2026年1月号 2024年卒 山田 あい
「もう一歩」を考える

このたび、須永さんよりバトンを受け取りました、2024年卒の山田と申します。このたびは、貴重な機会をいただき、とても嬉しく思います。

私は現在、新潟市で公務員として働いており、社会人2年目を迎えました。1年目とは異なり、日々の仕事や物事に対して、自分なりに考える時間が増えてきたと感じています。

私が日々大切にしていることは、与えられたものに満足しないということです。
今ある状況や結果に満足せず、「もう一歩良くするために何ができるか」を考え続けることが、自分自身の成長につながると考えています。現状に満足してしまえば、そこから先は何も生まれません。だからこそ、日常の中で少しずつでもアップグレードしていく姿勢を大切にしています。

現在担当している商店街活性化の仕事においても、この考え方は重要です。商店街は高齢化や後継者不足といった課題を抱えており、過去の成功事例や従来の施策だけにとらわれていては、社会の変化に対応することはできません。現代に合わせた視点で、何が最適なのかを考え、新しい取り組みを取り入れることこそが、商店街を次の段階へとアップグレードするために必要だと感じています。

この姿勢は、大学生活においても同じことがいえます。アルバイトやサークル活動、ゼミナールなどでは、与えられた役割や課題をこなすことはもちろん大切です。しかし、そこで終わらせるのではなく、「どうすればより良くなるか」「自分なりに工夫できることは何か」を考えることで、質は大きく変わります。たとえ小さな工夫であっても、それを積み重ねることで得られる満足感や達成感は確実に高まっていくはずです。

特に卒業論文は、「もう一歩」を考える力を身につける貴重な機会だと思います。より説得力のある文章にするために試行錯誤を重ね、時間をかけて考え抜く経験は、この先の将来に必ず役に立ちます。私自身、卒業論文を完成させた経験が、今の仕事にも生きていると感じています。

最近、仕事においては、商店街支援の一環として、新たに広報用のInstagramを立ち上げました。従来の方法にとらわれず、より多くの人に商店街の魅力を伝えるために、工夫を重ねながら取り組んでいます。

これからも私は、仕事においても私生活においても、後悔のない選択ができるよう、常に自分から新たな視点を取り入れ、「もう一歩」を考えることで、物事をより良いものへとアップグレードしていきたいと考えています。時間も労力もかかることではありますが、その先にこそ、大きな充実感と学びがあると信じています。
(新潟県新潟市在住)
2025/12/24
No.268 2025年12月号 2024年卒 須永 涼
「憧れのまち」

みなさん初めまして。2024年地域政策学部卒の須永涼と申します。今回このバトンを受け取るにあたって何を書こうかとても迷いましたが、私の大好きなまち「高崎市」で過ごした思い出についてお話ししようと思います。

私は高校から高崎市に進学し現在も高崎市で働いていますが、出身は高崎市から車で1時間ほど離れたところです。幼い頃から高崎市にとても憧れていたので、将来は絶対に高崎市で働くんだ!という強い意志を持っていました。大好きな祖母の家が高崎市にあったこと、私の出身地が高崎市に比べるととても田舎だったことから、高崎市=なんでもあるまち、という漠然としたイメージを持って過ごしていました。高崎市には綺麗な自然も、美味しい食べ物も、賑やかな街並みもあり、私の幼少期からのイメージは間違っていなかったのだな、と今になって思います。

現在、高崎市で過ごして9年目になりますが、その中でも、大学生活は特にたくさんの思い出があります。私は小学生の頃から剣道をはじめ、大学でも直心影流剣道部に所属していました。私が入学した年はコロナ禍まっただ中で、授業はすべてオンライン、部活動だけが対面で行われているという状況でした。部活動も感染拡大を防ぐために2班に分かれて行い、想像していた学生生活とは大きく異なる生活に戸惑う日々だったのをすごく覚えています。その代わり、剣道部の仲間とはすごくたくさんの時間を過ごすことができました。大学の近くに住む剣道部の仲間の家でオンライン授業を受け、部活の時間までみんなでゲームをして過ごし、部活が終わればまた集まって深夜までゲームをする、という生活のくり返しでした。
大会や行事がない分、他の学年に比べると思い出が少ない学年ではありましたが、その分部活でみんなに会える日がとても楽しみでした。
結局授業もまともに受けず、コロナ禍で大学のほとんどの行事に参加できないまま卒業となってしまいましたが、みんなで集まってゲームをした日々も、それはそれで楽しかったな、と今でも思います。
 
しかし、部活動での思い出はいい思い出ばかりではなく、辞めようと思ったことも何度もありました。私は高校まで毎日剣道しかしない日々を過ごしていましたが、大学では週に3回しか稽古がなく、そのギャップについていくことができずとても悩みました。ある程度覚悟はしていましたが、ほかの部員との部活に対する熱量の差も大きくありました。稽古は男女混合でしたが、女子部員は全学年合わせてもギリギリ団体戦に出場できるほどの人数しかおらず、大会に向けてのモチベーション維持も課題の1つでした。仲間に恵まれ楽しい日々を過ごせていたからこそ楽な方に流されるのも簡単で、自分を律するということがどれほど難しいかを実感しました。そんな中でも、引退まで部活を続けられたのは、長い時間を一緒に過ごしてくれた仲間のおかげです。ほんとうにほんとうに感謝しているし、辞めなくてよかった!と今でも思います。
卒業後はみんなバラバラになってしまいましたが、そんな大好きな仲間と年明けに集まる予定です。みんなで集まるのはとても久しぶりなので、何を話そうか、楽しみにしています。

また、社会人になり高崎市で過ごす日々も、とても充実しています。仕事ではありますが、高崎まつりでお神輿をかついだり、高崎だるま市に参加したり、市内で行われる様々な行事に携わることができています。そして、職場内にOB会ができるほど私の職場にはたくさんの先輩方がおり、様々な年代の先輩たちとお話をさせていただく機会があります。たまたま一緒に仕事をした先輩が、地域政策学部の第1期生と聞いたときはとても驚きました。年代が異なろうが、同じ大学を卒業している先輩とお話をするのは楽しいのだなと身をもって感じました。

そんな素敵な思い出を与え続けてくれる高崎市が、私はとても大好きです。こんなに高崎市への愛を語ってきましたが、実は私は、現在も地元から高崎市に通う生活を続けています。学生時代から今まで毎日1時間以上かけて通学・通勤する日々は、体力的にも精神的にもつらい時が多くありますが、それでも高崎市に関わることができて、とても嬉しく思います。次の目標は高崎市に住むこと!です。ここまできたら高崎市に骨をうずめる覚悟ですので、バリバリ働いてもう少しお金がたまったら、高崎市に引っ越そうと思います。この文章を読んでくださったみなさんも、高崎市のいいところをたくさん思い出してくれたらいいな、と思います。
(群馬県在住)

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