リレー随想

2025/06/17
No.262 2025年6月号 2013年卒 松本 悟
「群馬に、三度(みたび)立つ」

運命的な出会いを果たした早川高史さんからバトンを受け取りました、松本 悟と申します。
同窓生とは知らず偶然お仕事をご一緒した、そんな縁からリレーに加わることができました。
つい最近、群馬県と今一度向き合う縁に恵まれたのでそのことを投稿しようと思います。

私は高崎経済大学を卒業し、全国転勤のメーカー営業として新潟県新潟市から社会人生活が始まりました。慣れない土地で、がむしゃらに働く日々。正解もわからないまま、お客様や会社の先輩の一言に一喜一憂し、少しずつ社会の厳しさと楽しさを学びました。

入社3年目には、営業企画部として大学時代を過ごした群馬県高崎市へ転勤となりました。戻ってきた街の風景は大きく変わっていませんでしたが、そこを歩く自分の感覚はどこか違っていました。JR高崎駅、夜遅くまで話し込んだ居酒屋、バイト終わりに友人たちと自然に集まって語り合った当時の自宅周辺・・・。思い出の1つひとつが、今では静かに心に残る宝物です。

大学時代は、周囲の友人の多くが大学近くに一人暮らしをしていて、日々顔を合わせ、特別な用事がなくても自然と一緒に時間を過ごしていました。あんなに多くの人と笑い合い、同じ時間を共有した経験は、人生の中でも本当に特別なもので、今でもその繋がりは大切な支えになっています。もう一度人生をやり直せるとしても、私は迷わずこの軌跡を辿りたいと思っています。

高校までは野球に打ち込み、机に向かうよりグラウンドにいる時間のほうが長かった私にとって、大学での学問との出会いは、自分の価値観を広げてくれるものでした。学生時代にもっと学べばよかったという後悔の念と同時に、この時に「学ぶことの意義」を知ったことは、今なお日々の仕事に向き合ううえでの原点になっています。

入社5年目を迎え群馬県に2度目の別れを告げた後、大阪のグループ会社への出向、そして出向復帰後は東京本社勤務と、長らく商品企画業務に従事することとなり、様々な場所へ赴き働く機会に恵まれました。それぞれの土地で出会った人や文化に刺激を受けながらも、ふとした瞬間に思い浮かぶのは、やはり群馬のこと。外の景色を見たからこそ、この歳になってその良さがさらに分かるようになりました。

そして2025年7月、再び群馬県高崎市への転勤が決まりました。今度は役割も立場も、そして家族との生活も含めてライフスタイルが大きく変わっての帰還となります。学生だった頃の自分とはまったく違う視点で三度(みたび)群馬と向き合うことになります。

大学での学びと群馬での時間が、今の自分を形づくってくれました。この街に育てられ、支えられてきたからこそ、これからは少しでもその恩返しができたら・・・そう思いながら、また群馬県で新たな一歩を踏み出す機会をいただいたことに感謝の気持ちでいっぱいです。

そんな感傷に浸りながら、私も次の方へバトンを繋ぎたいと思います。自分の大学生活に彩りをもたらしてくれた、今でも家族ぐるみで仲良くさせてもらっている素敵な先輩です。よろしくお願いします。
(東京都在住)
2025/06/09
臨時号 2004年度卒 前田 竜徳
東京三扇会の初代 会長代行(兼 事務局長)を務められ、東京三扇会の活動に多大な尽力をされた朝村茂夫様(第8期生)が6月2日(月)午前6時頃にご逝去されました。
朝村様のご逝去に際し、お悔やみとご冥福をお祈り申し上げます。

■思ひ出、独り言…
2008年の初め、旧・九段会館で開かれた東京三扇会の新年会、そこで朝村さんと初めて出会いました。社会という大人の世界から逃げ出すように飛び出し、自称「起業家」と名乗っていた25歳のボク。
そんな未熟で頼りないボクを、朝村さんは驚くほど穏やかに、幼少期から知っている親戚のおっちゃんかのように、あたたかく迎えてくれました。

その日から、阿佐ヶ谷に暮らす朝村さんと、中野に住むボクとの交流が始まりました。年齢差はおよそ40歳、3周り以上。
中小企業経営者であり、空手道場の館長でもある朝村さん。小僧でしかないボクのことを、なぜかいつも気にかけてくれて、「飯でも行こうか」と何度も何度も誘ってくれました。

はじめてふたりで出掛けたのは、中野にある古臭い中華屋さん。
昼間から入り浸った、中野駅南口の地下にある怪しげな焼肉屋。
「いい店、見つけましたよ」なんて私が得意げに誘った「第二力酒造」。
「たまにはこっちで」と連れて行ってくれた阿佐ヶ谷のラーメン屋。
表参道の洒落た自然派レストランで過ごした贅沢なランチ。
昼飲みの後にはいつも立ち寄った中野のルノアール。

そういえば、「事務局、僕が引き継ぎたいです」って打ち明けたのも、いつものルノアールでしたね。

思い出があふれるほどあります。
朝村さんは、何者でもなかったボクを「事務局長」へと育ててくれました。
その愛情と、静かな導きに、心の底から感謝しています。

朝村さん、本当にありがとうございました。
どうか、どうか、ゆっくりお休みください。

合掌。

東京三扇会事務局長 前田 竜徳(2004年卒)

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