リレー随想
2025/12/24
No.268 2025年12月号 2024年卒 須永 涼
「憧れのまち」みなさん初めまして。2024年地域政策学部卒の須永涼と申します。今回このバトンを受け取るにあたって何を書こうかとても迷いましたが、私の大好きなまち「高崎市」で過ごした思い出についてお話ししようと思います。
私は高校から高崎市に進学し現在も高崎市で働いていますが、出身は高崎市から車で1時間ほど離れたところです。幼い頃から高崎市にとても憧れていたので、将来は絶対に高崎市で働くんだ!という強い意志を持っていました。大好きな祖母の家が高崎市にあったこと、私の出身地が高崎市に比べるととても田舎だったことから、高崎市=なんでもあるまち、という漠然としたイメージを持って過ごしていました。高崎市には綺麗な自然も、美味しい食べ物も、賑やかな街並みもあり、私の幼少期からのイメージは間違っていなかったのだな、と今になって思います。
現在、高崎市で過ごして9年目になりますが、その中でも、大学生活は特にたくさんの思い出があります。私は小学生の頃から剣道をはじめ、大学でも直心影流剣道部に所属していました。私が入学した年はコロナ禍まっただ中で、授業はすべてオンライン、部活動だけが対面で行われているという状況でした。部活動も感染拡大を防ぐために2班に分かれて行い、想像していた学生生活とは大きく異なる生活に戸惑う日々だったのをすごく覚えています。その代わり、剣道部の仲間とはすごくたくさんの時間を過ごすことができました。大学の近くに住む剣道部の仲間の家でオンライン授業を受け、部活の時間までみんなでゲームをして過ごし、部活が終わればまた集まって深夜までゲームをする、という生活のくり返しでした。
大会や行事がない分、他の学年に比べると思い出が少ない学年ではありましたが、その分部活でみんなに会える日がとても楽しみでした。
結局授業もまともに受けず、コロナ禍で大学のほとんどの行事に参加できないまま卒業となってしまいましたが、みんなで集まってゲームをした日々も、それはそれで楽しかったな、と今でも思います。
しかし、部活動での思い出はいい思い出ばかりではなく、辞めようと思ったことも何度もありました。私は高校まで毎日剣道しかしない日々を過ごしていましたが、大学では週に3回しか稽古がなく、そのギャップについていくことができずとても悩みました。ある程度覚悟はしていましたが、ほかの部員との部活に対する熱量の差も大きくありました。稽古は男女混合でしたが、女子部員は全学年合わせてもギリギリ団体戦に出場できるほどの人数しかおらず、大会に向けてのモチベーション維持も課題の1つでした。仲間に恵まれ楽しい日々を過ごせていたからこそ楽な方に流されるのも簡単で、自分を律するということがどれほど難しいかを実感しました。そんな中でも、引退まで部活を続けられたのは、長い時間を一緒に過ごしてくれた仲間のおかげです。ほんとうにほんとうに感謝しているし、辞めなくてよかった!と今でも思います。
卒業後はみんなバラバラになってしまいましたが、そんな大好きな仲間と年明けに集まる予定です。みんなで集まるのはとても久しぶりなので、何を話そうか、楽しみにしています。
また、社会人になり高崎市で過ごす日々も、とても充実しています。仕事ではありますが、高崎まつりでお神輿をかついだり、高崎だるま市に参加したり、市内で行われる様々な行事に携わることができています。そして、職場内にOB会ができるほど私の職場にはたくさんの先輩方がおり、様々な年代の先輩たちとお話をさせていただく機会があります。たまたま一緒に仕事をした先輩が、地域政策学部の第1期生と聞いたときはとても驚きました。年代が異なろうが、同じ大学を卒業している先輩とお話をするのは楽しいのだなと身をもって感じました。
そんな素敵な思い出を与え続けてくれる高崎市が、私はとても大好きです。こんなに高崎市への愛を語ってきましたが、実は私は、現在も地元から高崎市に通う生活を続けています。学生時代から今まで毎日1時間以上かけて通学・通勤する日々は、体力的にも精神的にもつらい時が多くありますが、それでも高崎市に関わることができて、とても嬉しく思います。次の目標は高崎市に住むこと!です。ここまできたら高崎市に骨をうずめる覚悟ですので、バリバリ働いてもう少しお金がたまったら、高崎市に引っ越そうと思います。この文章を読んでくださったみなさんも、高崎市のいいところをたくさん思い出してくれたらいいな、と思います。
(群馬県在住)
2025/11/25
No.267 2025年11月号 2025年卒 野崎 天資
「つながりが形づくる私の大学時代とこれから」小圷さんからバトンを受け取りました、2025年経済学部経済学科卒の野崎天資と申します。
小圷さんとは大学3年生の頃、友人と共に立ち上げた映像制作事業を進める中で知り合いました。それ以来、事業運営に関する助言からキャリアの悩みに至るまで、多くの場面でご指導をいただき、学生時代の私にとって貴重な道標となってくださいました。今回、こうしてバトンを受け取ることができたことに、あらためて深いご縁を感じております。
この「リレー随想」のバトンを受け取ってほしいと相談を受け、やりますと答えた後に分かったことですが、本企画のスタートした年は私の生まれた年と同じでありました。この企画の歴史と同窓のOB・OGの先輩方との繋がりを感じながら大学時代を振り返りたいと思います。
まず、大学生活全体を顧みて感じたのは、意外にもキャンパスで過ごした記憶が少ないということでした。サークルや部活動に長く所属することがなかったため、学生らしいキャンパスライフとは少し異なる過ごし方をしていたのだと思います。大学入学後、剣道部に所属し一定期間は活動していましたが、自身の興味関心が外へと向かい始め、また、価値観を共有できる友人ができたこともあり、1年ほどで退部いたしました。
当時は、華やかな学生生活を送る同級生を羨ましく思う瞬間もありました。しかし、多くなくとも、深く信頼できる友人に恵まれたことは、今振り返れば何にも代えがたい財産であったと感じています。彼らと過ごした時間が、自分の価値観や将来の考え方を形づくる大きな支えとなりました。
その後、大学生活の大半を費やしたのが、01PRODUCTIONという映像制作チームの立ち上げと活動でした。広告映像やイベント記録映像、地域プロモーション映像など、多岐にわたる案件を担当し、大手企業から地域に根差した団体まで、幅広い方々と仕事をご一緒する機会に恵まれました。学生という立場でこうした実務に深く関われたことは、自分にとって大きな挑戦であり、成長の場でありました。
活動を通じて痛感したのは、人とのつながりが仕事を形づくる根幹であるということでした。大きな案件であっても、きっかけは一度の会話で名前を覚えていただいたことや、SNSで偶然目に留めてもらえた作品であったりしました。一方で、小さな仕事であっても、多くの人々の思いや関係性が折り重なって成立していることを知りました。こうした“つながりの連鎖”に自分も少しずつ関わらせていただけた経験は、学生時代の私にとって得難い学びであり、社会に出た後も大きな支えとなっています。
現在、私は金融系の事業会社にて、不動産を対象とした機関投資家としての業務に従事しています。開発案件への出資検討や売買入札の対応など、日々新しい知識が求められる環境に身を置いています。専門用語や慣習、業界特有のスピード感に戸惑うことも多いですが、その都度学びながら自分の仕事を少しずつ形にしている最中です。社会人としてまだ半年ほどではありますが、学生時代に感じていた「つながりの重要性」は、いま、さらに実感をもって胸に染みています。
その意味でも、東京三扇会の幹事会に参加し、諸先輩方と直接お話しさせていただく機会は、非常に貴重なものとなっています。異なる世代の先輩方が、同じ大学の卒業生として自然につながり、経験を共有し合える場が存在することは、私にとって大きな励みであり、社会人としての視野や価値観を広げてくれるものです。いただいた言葉や学びを、自分の中に丁寧に蓄えながら、今後の仕事や人生の選択に活かしていきたいと感じています。
このような恵まれた環境に身を置けていることに感謝しつつ、いつか自分も後輩たちにとって頼れる存在として関わることができればと思います。
次回のバトンは、地元で活躍している剣道部時代の仲間に託したいと思います。
そして、もしこの「リレー随想」がいつかまた私のもとへ戻ってくる日があるなら、その時には、今より少しでも成長した自分でいられたらと願いながら、締めくくりたいと思います。
(東京都在住)